✏お守りコラム
−第13回−
【3/5】

バレンタインチョコは既に1950年代には日本に紹介されていたそうですが、本格的に普及したのは1970年代です。 この時の一大キャンペーンが功を奏し、それまでチョコレートの売り上げが一番落ち込んでいた2月が、今では年間消費量の4分の1が集中する程になったのです。 『戦後最大のマーケティング(*注)戦略の成功例』と言われます。
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この『××の日に○○を贈ろう』系。 成功ばかりとは限りません。 有名な失敗例は、1986年に日本で大きく宣伝された『サン・ジョルディの日に本を贈ろう』です。 サン・ジョルディとは、3世紀末に活躍した人物、聖ゲオルギウス(Georgius)です。 生まれはカッパドキアとする説が有力。 ローマ軍の騎士となりその後その地位を捨てキリスト教の普及に努めました。 しかし西暦303年4月23日、当時キリスト教を迫害していたローマ皇帝によって処刑されたのでした。 聖バレンタインの死から33年後の話です。 西暦300年前後と言えば、日本ではまだ大和朝廷もできていなかった頃、卑弥呼のちょっと後の時代です。 「神話の時代」と言ってもいいでしょう。 それより400年も後の奈良時代ですら、日本初の征夷大将軍として蝦夷地を平定した坂上田村麻呂が、日本各地で不思議な伝説の主人公になっています。 ならば神話の時代の、軍人であり聖職者でもあったゲオルギウスが、各国で伝説を生んでいるのは容易に想像がつきます。 特に有名なのはリビアのドラゴン退治の話で、このドラゴンは圧政を敷いていたローマ帝国の権力者の事ではないかという興味深い説も有ります。 ゲオルギウスの伝説は、ヨーロッパの先住民であるケルト族の間で語り継がれ、その後彼らの末裔が多く住むイギリスやギリシャ、スペイン等で守護神として崇められるようになりました。 そしてゲオルギウスが処刑された4月23日は、彼らにとって重要な祝日となったのです。
聖ゲオルギウスと本との結び付きは、第二次大戦前後のスペイン、フランコ独裁政権下のカタロニア(カタルーニャ)地方と言われます。 スペイン北東部のカタロニアを中心とした地域は独自の文化を持ち、カタロニア語という言語が使われていたのですが、フランコはスペイン語の使用を義務付けました。 それに反発した民衆が、その地の守護神であるゲオルギウスの祝日に、カタロニア語の本を密かに交換し合ったのです。 その後フランコの死去により政権は崩壊。 カタロニア州は自治権を得ました。
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この様にサン・ジョルディの日の背景はかなりしっかりしています。 なのに、この日が広まらなかったのは何故でしょう? 重いんです。 本は。 チョコレートに比べて。 重量の事を言ってるんじゃないですよ。 少しオーバーな言い方かもしれませんが、書物とは人生なんです。 その人が読んだ本は、その人の人生の一部です。 映画やCDやゲームみたいに『コレなかなかいいよ』って、簡単に人に勧められる様な物じゃないんです。 このキャンペーンを仕掛けた出版業界の人達は、自分たちが扱っている物が、そんな素晴らしい物なんだという事を、いっとき忘れていたのかもしれません。

*注:
ここでは『売る側が消費者に"仕掛けた"事』という単純な意味で使用しています。

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