森の演劇会
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木枯らしも3回目となると、粘っていた葉っぱ達が一斉に降参。
ブナの林の下は"新鮮な"落ち葉で一杯になります。
この上を歩くととっても良い音と匂いがするのに、何日か前にキツネが足早に走り去ったきりです。
「つまらないなァ。」
積もった葉の間から頭の先っぽだけを出して、どんぐりくんはこぼしました。
「そんなこと言ってないで、もっと深くもぐりなさい。
頭が出ているよ。」
隣のお兄さんが注意をします。
「じっとしていないと良い芽が出ないよ。」
もう一人のお兄さんも言いました。
「そんなの変だよ。
じっとしてるのがいい事なんて。
僕達が何もしないからここんところ誰も来やしない!」
お兄さん達は相手にしません。
どんぐりくんの言った事が、完全には間違ってないのもありますが、なんだかんだ言って彼に外へ飛び出す勇気が無いのを知っているからです。
それを打ち消すかのように、どんぐりくんはわざと大きな声を出します。
「よーし!
演劇やるぞ。
森の演劇会だ。」
お兄さん達は無視を決め込んでいます。
「けど、ここらじゃ"どんぐりの背ぇ比べ"で面白くないや。
まずは役者を捜さなきゃ。」
ここで外に出なかったら、どんぐりくんの立つ瀬が有りません。
肩の上の木の葉を一枚一枚ゆっくりどけると、冷たい空気がお腹の辺りまで降りて来ました。
「うわ〜ぁ、寒ぅ。」
あやうく声に出そうになりました。
「どうしようかなぁ、やめちゃおうかなぁ。」
まだ暖かい足の下の方に有る"もう一つの心"がどんぐりくんを誘います。
それに乗るように下を見ると、あれれ。
お兄さん達のかなり不機嫌そうな目が自分に集中しています。
無理も有りません。
「どんぐりの背比べ」なんて言っちゃったんですから。
どんぐりくんのもう一つの心は、途端に沈黙に入ってしまいました。
さあ、これで邪魔(?)は居ません。
「えいっ!」
気合いを入れて、落ち葉の中からするんと抜け出ると…。
不思議な事に、寒いという感覚よりも、今迄自分を包み込んでいた"何か"が、森の外れまで一気に吹っ飛んでしまったような、そんな爽快感が全身を走ったのです。
「気持ちいいー。」
どんぐりくんは大きく伸びをしました。
そしてまだ見ぬ役者捜しへの一歩を踏み出しました。